興津弥五右衛門のはなし

細川三斎とガラシャ

興津弥五右衛門の遺書

 森鴎外の小説に「興津弥五右衛門(おきつやごえもん)の遺書」という作品があります。

 1912年、明治天皇崩御後に陸軍大将の乃木希典が殉死したことを受け、以前より乃木と面識のあった鴎外が書きあげたものです。これ以降、鴎外が歴史小説を書くようになったとも言われています。この小説は、江戸時代の書物「翁草」に記されていた、細川家と伊達家の一木の伽羅を廻る争奪のエピソードを基に、興津弥五右衛門が殉死の前に記した遺書という体裁で描かれています。

 あらすじは以下のような内容です。

 寛永元年、長崎にベトナムとの交易船が入港することを聞きつけた細川三斎は、家臣の興津弥五右衛門と横田清兵衛に対し、茶事に使う珍しい品を買ってくるように命じます。長崎に着いた彼らは、最高級の香木である伽羅が渡来していることを知ります。ただ、その香木は、本木と末木の部分に別れていたのです。時を同じくして伊達政宗の家臣も長崎に来ており、この本木を廻って細川家と伊達家が競り合い、値段が次第に吊り上がってしまうのでした。

 この際、末木でも良いのではないかと妥協する横田と、とにかく珍しい品を買って来いという主人の命を守り、あくまで本木の購入にこだわる興津とで口論になります。やがて、二人の口論はエスカレートし、怒った横田が興津に脇差を抜いて投げつけると、興津はそれをかわして横田を斬ってしまうのです。

 その後、興津はなんとかして本木を手に入れ、伊達家は末木を持ち帰ります。しかしながら、国に帰った興津は、主人の三斎公に対し、横田を斬ってしまったことの責任を負い、自ら切腹することを嘆願します。

 しかし、この言葉に三斎公は感じ入り、主人の命に従って忠実に働いた興津を褒め称えたのです。さらに、三斎公は横田の息子を城に呼び出して酒宴を催し、興津家と横田家の間に遺恨を残さないように手打ちとしました。

 興津はこのことを一生の恩と感じ、命を懸けて細川家に仕えます。そして、三斎公の一周忌に、これらのエピソードを記した遺書を遺して殉死するのです。

 この小説では、興津弥五右衛門の話を通じ、乃木希典の殉死の理由を鴎外なりに伝えたかったのではないかと考えられます。

一木三銘(一木四銘)

 さて、余談ではありますが、興津が手に入れた本木には三斎公により「初音(はつね)」という銘が付けられました。そして、その一部が天皇に献上され、「白菊(しらぎく)」という銘が付けられます。さらに、伊達家が持ち帰った末木には「柴舟(しばふね)」という銘が付けられます。一本の香木に三つの銘が付けられたことから、「一木三銘」と言われています。(一説では、さらに同じ木から「藤袴(蘭)」という銘の香木が取られたため、「一木四銘」と記される場合もあります。)

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